2008年9月 8日 (月)

wikipedia の「意識」の項で“意識学”が消えた件

wiki 日本語版にて、
 意識
を引くと「プロトサイエンス」の部分で
 意識学
を発見。たしか8月末か9頭でした。
それが数日後には消失。
現在キャッシュとしてかろうじて読めます:

http://209.85.175.104/search?q=cache:T-I3u9V30S0J:wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/53729/%2588%25D3%258E%25AF/15/+wiki%E3%80%80%E6%84%8F%E8%AD%98%E5%AD%A6&hl=ja&ct=clnk&cd=4&ie=UTF-8&inlang=ja

消えた理由は不明。以下念のため引用を:


これは Google に保存されている http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/53729/%88%D3%8E%AF/15/ のキャッシュです。 このページは 2008年9月1日 15:34:40 GMT に取得されたものです。 そのため、このページの最新版でない場合があります。 詳細

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「意識」
7.プロトサイエンス・疑似科学などにおける意識
探求者の立場により定義、内容もさまざまで、大胆な仮説が多く、議論が分かれているのが現状である。
自分が慣れ親しんだ諸理論や学問上のツールを、なかば強引に流用して意識の理論を構築しようと試みている研究者なども存在する。(究極の一要素にこだわる還元主義的な発想に陥っているもの、なにがなんでも数式や方程式で表現することにこだわるものなど)
また、一部内外では、心の哲学における細かい論点に対する科学の分野における議論が未熟であること、意識そのものの捉え方が研究者ごとに大きく異なり曖昧になっていること、などを問題視・疑問視する声もある。 今後は、従来の分野の域を超えた学際的な議論が期待される。
以下に、意識の仕組みを解明しようとしている、仮説提唱者の一部を示す。

久保寺右京
<ヒーラー EMC意識学研究所主宰 「意識学」1998年出版>
  意識=意識は魂を意味し、生命の根元を意味している。なぜなら人間の肉体から意識が完全に無くなったとしたら人は生きてはいけないからである。
これは『意識学』(著者 久保寺 右京)という本に記されている理論である。
『意識学』によると、意識は「脳」の働きではなく、意識自体は単独で独立して働いているが、脳は意識の働きに寄らず活動することはない。これは脳が生命の根元ではなく意識そのものが魂と呼ばれる生命の根元であることを意味している。 
つまり意識とは、魂の働きを指すものであり、この働きが心に反映されてくる。意識的とか意識が有る、無いは心の反映にすぎず、その反映の元になっているのが意識なのである。よって脳は、魂の働きの延長線上に位置するものとなる。
脳と意識は理論上切り離して考えるべきものである。
「意識」自体の働きについての詳細は、『意識学』(著者 久保寺 右京)を参照されたし。
『意識学』によれば、「意識」の働きは「医学」の分野から「哲学」「宗教」「科学」「化学」「芸術」「音楽」「文学」「スポーツ」「武芸全般」等のあらゆる分野から、又産業界や天才的才能発見や才能表現等に及ぶ人間の全ての行為に関与している根元的働きを担っているものである。
尚、本文からの引用によれば、意識的知覚力という意識の働きもある。人間が持つ四つの感覚器官を経ず、それら四つの感覚の見る、聞く、嗅ぐ、味わうという器官の作用を経由することなく、外界からの情報をダイレクトに感知する働きがあるという。
これは、現代物理学の定説をも覆すような時空を超えた未知な知覚力でもある。 
また『意識学』の中には特に医学においてある例を挙げている。
それは意識不明状態という症状のことであり、これは体内から一時的あるいはある時間的経過を限定して、生命の根元の意識が体外へ遊離している状態であると記されている。この時、何らかの外的ショックがあった場合、外に出ていた約99%の意識が再び体内に戻ってくることがある。
この場合、意識が戻った、という表現を医学の現場ではよく使っている。
つまり意識とは、心や脳とは全く関係なく、独自な作用で独自な意思を持って活動していることがわかる。
   
\xF9\x9Fロジャー・ペンローズ
(以下略、引用終)

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(空智、もとい殻智),
mathE..

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